Message



数ヶ月前から、
インドと沖縄にずっと呼ばれていました。



呼ばれるっていうのは

「おいでー」って
直接言われているわけではなくて、笑




毎日のように

「インド」や「沖縄」という言葉を

数えきれないほど
目にしたり耳にしたりしていました。 




直感的に

「行くことになるだろうなー」

と思っていたけれど、



その気配はなくて

自発的に旅の計画をしなきゃ
やっぱり行けないのかな?




なんて考えていたけれど、

ベストタイミングでいける
気がしていたので待っていました^^





これも感覚だけど、

沖縄は今年中に行ける気がしていて
インドは来年5月頃な気がしていた。笑




沖縄の中でも

「平和記念公園」が

ずっと脳裏に浮かんでいて、
本に出てきたりもしていたのですが




今日参加した

Yes project主催のヨガのイベントで
ご縁が繋がって、





12/22に沖縄で開催される

「希望祭」を
手伝わせていただけることに🙌



しかも、平和記念公園で。





こんなピンポイントで
全てが重なることって、あるんだね。




でも本当はこれが普通なんだろうな〜🌏 




今日お会いした方々も

初めて会ったはずなのに
初めてとは思えなかったし、



これ見たことある〜っていう
デジャブが何度もあった😂





自分のYes!を選択して、

退学して都内に引っ越してきたけど、
本当に最高の道に導かれてる。




今度は私が伝える番だね💗





今日は自分の進む道が見えて
自分で自分に感動した挙句

またミラクルだらけで最高でした♪




もう少しだけ、内に潜って

自分と対話する時間を設けよう🌱 





希望の未来はもうすぐそこにある⭐️



嬉しいことも悲しいことも経験できるのは、

社会や世界に存在しているということ




本当の意味で孤独になるひとはいない




それでも孤独を感じるということは、

自らが社会や世界に参加することを
避けているか、

自分という壮大な世界を
旅しているかのどちらか




いつも世界はあなたのことを待ってるよ♫



本当の意味で一人にはなれないからこそ、
一人になろうとできるんだ。



自分の内なる旅は果てしないが、
その分見える景色は最高に美しいよ



わたしたちは、

新しい場所に行きたいのではなく
元々知っている場所に帰りたいのだ




新しい自分になりたいわけでもなく

本来の自分に戻りたいだけ





そしてなにかを
愛したい、愛されたいのではなく、

愛に還りたいのかもしれない





本来の場所に戻ってきて
本当の自分に戻って

あ、ここだ





って最高級の
安心感と幸せを感じたからこそ

また旅立って
色んなことを体験してくるよ




ずっとそこにいると、
それが当たり前になってしまうからね




強烈な愛を感じたくて

わざわざ一回離れて
また戻ろうとするのかもしれないね笑





かわいいのぉ👼



地球はそういう旅をする場所^^



ものすごく平穏で温かい
愛に浸っている感覚🌞



帰国してからゆっくりすることなく、

新たなステージに向けての準備を進めて…



新しいお家に引っ越して、
新しい仕事もそろそろ始まり、

仲間との再会に感動し、笑





全てが私の望んでいた世界に
思いっきりシフトし始めているから、


あまりにも急な展開に
自分が追いついていかなかった。





私は何をしたいのか、
軸はどこにあるか、
なぜこの世界を選んだのか、

全てが見えなくなり



急な不安が押し寄せてきたり、
ありもしない恐怖に怯えたりして、

寂しさが溢れ出てきてた🌱





その渦から抜け出して俯瞰すると、

そんな自分を
見れば見るほど愛おしくなった





望む世界へのシフト、
神の仕事を受け入れた自分、
最善の道へと身を委ねる覚悟をしたこと、

そんな選択をした自分を誇りに思う





いっぱい失敗したね



失敗は失敗じゃないというけど、
失敗したことは素直に失敗だと認めるよ


色々とやってしまったからね(笑)






でもそれはもう過ぎたこと




たくさん迷惑かけた方々に、ごめんなさい

助けてくれた方々に、ありがとう





自分を大切にすると同時に、

どれだけ恵まれた環境にいるのかを体感する






使命は探すものではなく、

自分という世界に意識を向けて
愛し続けると

自然と見えてくるもの




自分が満たされると
どれだけ愛されているかがわかるから、


他に奉仕したり恩返ししたりしたいと
思うようになるんだよね






まだ新しい生活には慣れていないし、
来月また引っ越すけれど…笑




外の世界がどんどん
変わっていっているからこそ、

自分に意識を向けてもっと大切にしよう




もちろんそれは

見えたビジョンが
現実化されてきていて

望む世界が具現化され始めている






精神的にも経済的にも自立するタイミング


もう二度と味わうことができない
感情だから全部味わい尽くそう





本当の自分に戻れたなって思う😊




このWebsiteに戻ってきたのが
その証拠だな〜ふふふ!





世界に参加します

私は昔、自分の闇を見せてくる人を
受け入れられませんでした




あれが悲しかった、
最悪だった、
辛かった、
苦しかった、

という話を聞くのが苦痛だった




そんな闇の部分にしか
フォーカスできないなんて、

可哀想だなぁ



世界はもっと
楽しくて幸せなのになぁって







闇が悪いものだと思ってたから

絶望することが
ダメなことだと思っていたから







でも本当は誰よりも闇に浸って

絶望していたのは私自身でした






相手を通して
自分を見る感覚がなかったから



世界が一つであるとは知らず、

相手と分離した視点から
物事を捉えていたから…





本当に孤独だったのは、

私の方だったんだね笑




苦しい、悲しい、っていう感情を
全力で潰しにかかっていたからね




生きていれば
苦しいと感じる時はあるけれど、


そういう時こそ

まだ自分にはそういう感情が
あったんだなって

また自分と仲良くなれる(^^)






「なぜ生きているのか」

という絶望感を抱くこともある。



でもそういう
自分の闇を見れば見るほど、
知れば知るほど、




見えなかった 自分の
本当の気持ちや願いが見えてくる






死という絶望を経験したから

生きるという美しさを知った




美しい光を見るためには
闇に入ることも必要なんだ




どちらの世界も心から愛してる😊




光と闇を受け入れられるようになると、

この世界と自分の美しさを
体感できるようになる








夢を叶えた瞬間は幸せだったけれど

時が経つにつれて
苦しくなっていくことがあった




「夢叶えたはずなのに、今の自分は"わたし"じゃない」




私は夢を叶えたいわけでも
社会的地位を求めるわけでもなく



ただ幸せで心が豊かで

"自分"というものを通して
誰かが喜ぶ姿が見たいというだけだった




職業は手段でしかなくて
何かになることがゴールではない


私は私でありたいし


生きているだけで
誰かの喜びになるような生き方がしたいと
ずっと思っている




だからこそ自分は

本当はなにがしたいのかを
よく自分に問うている




好きなことを仕事にするとか、
自分の心を大切に生きるということは



自分勝手に生きるということではなく

神の仕事を引き受けるということだよ




自分が心から望むことは
宇宙が望んでることだから



だからこそ世界に向けて
自分の本音を響かせよう







誰かを愛することは、
時に楽しく時に苦しい



「なぜこんなに苦しい思いをしてまで、誰かを愛そうとするのか」




それは本来、

誰かを愛することでしか
本当の自分を愛することはできないから




自分で自分に愛を向けるのには
限界があるのだと、分かった。




誰かを愛して、
絶望を経験して、
自分以外に愛される喜びを体感して、

初めて本当の自分を愛せるようになる




世界はそうできているのだなぁと





このプロセスを
経験するようになるということは、

自分を愛そうとしているから




自分のことを大切にしようと、
自分を愛そうと、

本当は浅い川の中で
美しくもがいているから



そんな可愛いあなたは

誰かを愛することで
自分を愛するというプログラムを
経験させてもらえる




きっと孤独を味わったり
世界や自分に絶望感を抱いたりする人は、

それだけ愛の体験をする
覚悟があるってこと


怖がらなくて大丈夫だよ



世界は愛でできてるからね〜




と、誰かに向けた
メッセージのようだけれど

自分に向けたメッセージだね。




こうやって誰かに愛を届けようと、
誰かを大切にすればするほど


自分を大切に、
そして愛するという流れが

プログラミングされている






リアルな現実のように見えるビジョン

経験したことのように感じるデジャブ






それらは空想ではなく
この世界に既に存在している現実




集合意識によって
作り上げられた時間、

時系列の中で生きていると




それらを感じた時に

"まだ起きていないこと" 
"不思議なこと"

のように思えるけれど、



本当はそれらは並行世界では
既に起きている現実


本当は時空を自由に行き来できるんだね。笑





そうわかるとどうしても

その見えた
ビジョンの世界に行きたいと思う。




そうして

「行きたい」

「叶えたい」

「現実化させたい」


と強く思えば思うほど




「今私はそれが叶っていない」


と強く放つことになるので、
叶っていない現実がやってくる。



信じて疑わなければ叶うというけれど、

信じることが執着に変わると
叶わなくなっていっちゃう。




この感覚をつかむのは
簡単じゃないかもしれないけれど、


「あのビジョンは、現実化されるんだな〜」


くらいの感覚でゆるんで、

そこに固執せず世界に参加しようと

一生懸命目の前のことに
命を注いでいると、

忘れた頃にその現実がやってくる





イマと自分に意識を向けていると

自然と願いが向こうから
やってきてくれるからね。



信じるってこういうことなんやね〜








今日はいくつか記事書いてます
↓遊びに来てねん(^^)
シンプルな必要最低限の生活を始めて
わかったのは、


生活、人生、心を複雑にしているのは
他の誰でもなく自分だということでした。






 
“せっかくだから”

多めに水を汲んだら、盛大にこぼした。

私は水をこぼした上に、
それを拭かなきゃいけなくなった。


“せっかくだから”

と買った服と靴で、
私のクローゼットはパンパンになった。



朝どれにするか決めるのに
時間がかかる上に、

探している間にどんどん
ぐちゃぐちゃになっていく。




帰ってきたら、

片付けないとなあと
思いながら学校に行く。





“せっかくだから”

もらった食べ物と飲み物を、
私はお腹いっぱいだったけど
有難くいただいた。



食べ物があることは

とても有難いけれど、




たくさん食べたことにより
眠くなって、お腹が張って、

やりたいことをやらずに寝ることになった。


“せっかくだから”

と値段が安かった
食べ物を買っておいたら、

急に引っ越すことになって
それを引越しの日までに
食べなきゃいけなくなった。


食べきれなかったら、
重いけど持って行くか、もしくは
捨てなきゃいけなくなる。

 




私の“せっかく”を集めたら、
何人の命を救えるのだろう?

何人の生活が豊かになるだろう?




“必要最低限”のものが
なかなか手に入らない人が、

地球にたくさんいる。




 
中学生の時、塾に
行かせてもらっていたけど

それに疲れて学校の授業は 

眠くてあまり頭に入ってこなかった。





毎日「忙しい、忙しい」って

思いながら生活していたとき、



私は生きていることが
幸せだということに気づけなかった。


ご飯があることが幸せだと気づけなかった。


自然が美しいことにも、
気づけなかった。




勉強勉強勉強と暇さえあれば
勉強していた頃は、
 

日常に「学び」があることに
気づけなかった。




考える力、感じる力があれば 

生きているだけで全てが
学びになるはずなんだ。
 


動物を見て 

「なんで動物は言葉を話さないんだろう?」

って考えてみたり、





お風呂に入りながら

「この水はどこから来ているんだろう?」

って考えてみたり。
 



議題として

「これについて考えましょう」

とテーマがなくても、


  
毎日シンプルに過ごしていると

自然と多くのことに気づき
疑問がわいてくる。
 



自問自答していくうちに、

「あぁお水があるって有難いな」

って思ったり、


人間と会話しなくても

動物は動物で生きることを
楽しんでるんだなと思ったりする。
 


そんなシンプルな生活が好き。



食べ物も必要最低限しか食べないから、

ダイエットする必要もない。




心が豊かだから、

「あれ食べたいこれ食べたい」
って気持ちも出てこない。


それによって自由になった時間で、

好きなことをしたり
自分の仕事をしたりする。



効率性を図らなくても
時間はたっぷりあるし、ささっと終わる。



必要以上に買わないから
払うお金は少ない。

でも自分のお仕事はやっているから
お金はたくさん巡って来てくれる。



その差額は

「本当に必要なもの」

「ちょっと高いけど、カラダと環境に良いもの」

「魂が喜ぶこと」

「人との出会い」

「誰かが喜ぶこと」

「旅」

に使える。



とてもシンプルで、幸せな暮らし。


そんな生き方が、したいのです。
 
 
 

^_^


今日も素敵な一日を。



来てくれてありがとう😊





今日も不思議な1日でした^^


食事をしていたらふとメッセージが
降りて来たので
そのまま書き起こしてみます🌼



 

 

「食事はエネルギー補給」


当たり前の事かもしれないけど…
今日はそれを強く感じました。



今日は朝から体調が良くなくて
絞り出しのような
浄化だなって気づいたけど、


「不調」からのメッセージを
ちゃんと受け取って解消したら
すぐ治ったんですね。




 
治ってよかったけれど、
自分でも驚くほどお腹が空いて🤣




「こんなに食べて平気かな?」


って思いながらも
身体さんの言うことを聞いてみました。

 
 
そして夜の6時ごろ、
強烈な眠気に襲われて4時間爆睡^^




「わたしの人生のプライオリティって、何だろう?」



と自分に投げかけて寝たら、

その答えとなるものが夢となって
たくさん教えてくれました。





起きて、

寝ている間のエネルギーの消費量が
凄すぎたことを体感して、



「あの時の空腹はこのためだったんだ!」


と気づきました^ ^




この間の2週間くらいの浄化期間は
1日1食で十分だったのも


自分に必要な分が
それだけだったってことですね🍴








1日3食がベストとは言うけれど、

「本当にそれはわたしに合っている?」

と言う問い。





1日5食食べたっていいし、
1食でもいいし、


「1日3食」という
人間のベストな食事法に見えて


ある意味、常識のようになっていることに
従わなくたっていいんじゃないかな😋



自分が必要なものと必要な時間は、
他の誰でもなく自分の体が知ってる。




もうすぐ食生活を変えて
1ヶ月経つけれど、

カラダもココロも
宇宙との繋がりもまるで違う^^




お肉を食べないことがいいとか、
そういうことではなくて


「自分の身体は何を欲してるのかな」


って聞いた時に
植物性のものを食べたいって思ったから
その通りにしてるだけ^ ^



Veganだったら
お魚も牛乳や卵が含まれたものも
食べないけれど、

形式にとらわれないで

「自分」と言うカテゴリーを
作ってみたところ、


自分では
お魚や卵、牛乳、チーズなどは
買わないけれど、


卵の入ったお菓子や
友達とご飯に行く時には

お魚もありがたくいただいています😊






自分の形があっていい。「自分」でいい。



自分の魂とも身体とも
仲良しになったおかげで

毎日すごく幸せな気持ちだし




口だけではなく本当の意味で
「自分を信じる」ことが
できてるなって思います💗



だから相手のことも世界のことも
安心して信じられてる^^





自分のココロの声とカラダの声を聞くこと、



それが
「自分を生きる」ということ



Love you,
Live Your Life

来てくれてありがとう(*´-`)





***



昨日海へ行き、自然、

そして地球と


一体化した感覚がありました。







砂の上で寝ていたら

周りを歩く人が「自分」に見えて、



この人もこの鳥もこの砂も


“自分の一部”なんだって

強く思った日でした。








「アメリカは危険だから気をつけてね」



留学行く前によく言われていた言葉。 



確かに銃規制はされていないし、

いろんなニュースも耳にするけど…




「私の一部だよ?危ないわけがない」




と信じて一人でビーチに向かって、



バスを間違えたので

15分くらい知らない道を

携帯の充電がほぼない状態で歩きました。





「ちょっとの恐怖」はあったのだけれど、

とにかく無条件に信じてみた。




だってこの地球に存在するもの全て、

元をたどれば「ひとつ」だから。



私は私を信じてるからこそ、

世界を信じて大丈夫と思ったんです^^










そして実は2週間くらい


「何もしない」

ということをしていました。






食事、洗濯、授業に行くなどのことは

してたけど、



友達に誘ってもらっても断ったり

眠くなったらすぐ寝たり



「勉強しなきゃ」

「なんかやらなきゃ」



って気持ちを完全に切り捨てて

欲求のままに生きてみた。







その前は早起きして


図書館で4時間勉強してから

授業に行く生活してたので

急激な変化にまた恐怖が芽生えたけれど、




魂と体が私に
そうお願いしているのがわかったから、


そのまま

「何もしない、休む」
ということを実践していました^^





そして気づく。





「ああ本当に人生でやらなきゃいけないことって一つもない」


と。





自由に生きていい。

好きなことをやり続けていい。





でもね、


だからこそ、


私は自分の人生という地球の旅を通して


「世界という名の自分の一部を、自然、動物、人間が完全に調和した本来的な意味で“平和”な場所にしたい」


と思った。








両親からもらった「菜生」という名前。



幼い頃に経験した大切な人の死。



「生きるとは何か」を考えさせられた妹の病気。



「何故生きなければならないのか」という絶望。








全て私の使命が隠された、

ギフトでした^^







「生存している人」


はたくさんいるが、





「自分」を生きている人は

この世界に何人いるのだろうか?





人間のエゴがそのまま

反映されたような工場的教育システム、


そこから作り上げられた人間の集合意識。




人間のために殺され続ける動物たち。


汚染していく海。





この世界は

真実のように見えるエゴの塊が


自然と動物と人間を支配している。






気づかない人が悪いのではなくて、


そういうシステムが

在り続けてることが問題。





誰も、悪くない。






だからこそ気づいた者としていかに

促すことができるのかを考える。





「しなければならないことがない人生」


だからこそ、
生涯通して自分の使命でもある、

本来の「生きる」を取り戻したい。 






自然と動物と、そして人間が調和した
本物の平和な世界を構築していく。



「何もしない」ことをしたおかげで、

私は精神的な覚醒と成長とともに

現実世界を生きていくことを
決意しました。




精神性と現実性のバランスを保ちながら、

自分の一部であるこの地球を
「自分を生きられる場所」にするよ。



生存してることとは違うんだから。






私の魂が選んだ、肉体。

自分の顔や体が変わるのが面白くて、
写真におさめてます^ ^



これからもよろしくね、わたし



来てくれてありがとう🌏❤️





アナスタシアシリーズ3巻目の

「愛の空間」という本を開いたら
書いてあった言葉






「大事なのは数学ではなく、数学を把握し理解しようとしている人間自身のことなのです。数学のための数学ではなく、真実に向かって前進するための数学なのです」

(p233から引用)




ピンと来ました。

まさに考えていたことを
代弁してくれた感じ^^





一年くらい前に、


留学に行く意味も大学に通う意味も
わからなくなって

やめてしまおうかと思った。






国際問題についての授業で

世界の現実を目の当たりにして




「起こること全てに意味があるとはいえ、同じ地球にいる者として見て見ぬ振りはできない。自分は何ができるんだ?」

と考えた。





大学で現状を学び

議論討論で解決策を考えてたけど、


「…で?」と思う自分がいて。





ここで学んで、

議論して、

発表して、

実行することなく、 

卒論書いて、

卒業して、、、、


ってただの自己満足じゃん。

なんて思って、無力感しかなかった。 






その時から

「学問って何だろう」と考え続けてた。




学費の分のお金で世界を回って

“リアル”を見る方が
いいんじゃないか、

そんなことも思ってたなあ。






でももう


留学行くか行かないか

決めなきゃいけない時期になっちゃって、


頭で考えてもきりがないから、





「で、それで、結局どうしたいのよ?」



と自分に聞いて出た答えが
いまいる道です。




1月から人文科学やビジネス、

できれば心理学の授業を
取るつもりなのだけど…




ここまで来ても

「いやなんで勉強するんだろ??笑」 

とふと思ってしまいまして(笑)





マーケティング戦略とかお金のこととか、

真実を知ってしまえば
なんでもうまく行くことが

わかってるからこそ本当に
なんで理論を学ぶのだろうかと…笑






でも


大学に通ってから


確実に!確実に!



自分が成長しているのがわかる。 




思考力も知識量も何もかも
高校生の時とは格段に違うことがわかる。


それでも正直、正直、、、
授業の内容は覚えてない…^^




暗記とかも、
テスト終わった瞬間にほぼ忘れる。





それでも自分が進化することが
できているのは、

学問を通して



「何を感じ何を考え何を見つけるか」

を意識していたから。 






マーケティングの授業だって、

内容も面白かったから覚えてるけど






最終的に自分が見つけた答えは

「マーケティングは不要」だったし、



憲法の授業で考えていたことは

「本来的な自由とは何か」

とかそういう哲学的なことで、
何条がこういうことで…

というのは正直ほぼわからない。





じゃあなんで学問を学ぶのかって、

それこそアナスタシアに
書いてあった言葉を変えて




「大事なのは学問ではなく、学問を把握し理解しようとしている人間自身のことなのです。学問のための学問ではなく、真実に向かって前進するための学問なのです」



ほんとうにそうだと思いました😂






本を読んで吸収するのではなく、


読んだことで自分は
何を感じ何を考えたのか。


ニュースを見て世界の流れの
何に気づいたのか。


学問を通して、自分は何を感じ
何を考え何を見つけ出したのか。





そこが

創造性であり
パーソナリティであり
美であり、愛であると思う



これからも

人や本、映画、学問などを通して

“自分”と向き合っていきます。



自分の答えと道は
教科書に載ってないから^^




言われたことそのまま覚えるほど
つまらないものはない。

わたしは機械じゃない。




自分で感じて考える。


そんなことを
義務教育の間からできればみんな

「自分との生き方」

がわかるようになり

理想の世界に
近づくのではないかと思います^_^





教えることが教育じゃなくて、


考えさせたり体感させることが
教育の本質なのではないかと思う日々です。 




このブログも
読んでくださった方が


「私は違うと思う」

「私もそう思う」

っていろんな捉え方をして
私の考えを通して


自分の答えや道を見つける
きっかけになればいいなって思います^^ 




誰かを変えるためには書かない



これを読んで何を思うか、

大切なのはそこ♡






Love you,

Live Your Life 

by 菜生